歯科医院の受付にいた頃、患者さんから一番多く聞いた言葉は「麻酔が怖いんです」でした。
治療そのものより、注射のほうが嫌だという方が本当に多かったのです。
はじめまして、森本ゆかりと申します。
大阪市内の歯科医院で7年ほど受付と医療事務をしていました。
いまは堺市東区で小学3年の娘と年長の息子を育てながら、医療や子育ての記事を書いています。
じつは私自身も、子どもの頃に麻酔の注射で泣いた記憶があります。
娘が初めて虫歯を治すときは、自分のときのことを思い出して落ち着かない気持ちになりました。
いまの歯医者さんには「表面麻酔」や「電動麻酔器」という言葉がよく出てきます。
ただ、この2つが何をしてくれるものなのか、はっきり説明できる人は少ないと思います。
この記事では、麻酔の種類から、注射が痛くなる理由、表面麻酔と電動麻酔器の役割の違い、麻酔が効きにくい理由まで順番に説明します。
最後に、痛みが苦手な人が歯医者さんに伝えておくといいことも受付目線でまとめました。
歯医者の麻酔は3種類。表面麻酔は「注射を痛くしないため」の麻酔
まず、歯医者さんで使う麻酔にはどんな種類があるのかを整理します。
局所麻酔と呼ばれるものは、大きく3つに分かれます。
| 種類 | やり方 | 役割 |
|---|---|---|
| 表面麻酔 | 歯ぐきにゼリーや軟膏を塗る | 歯ぐきの表面の感覚を鈍らせ、注射の痛みを減らす |
| 浸潤麻酔 | 治したい歯の近くの歯ぐきに注射する | いわゆる「歯医者の麻酔」。歯そのものの痛みを取る |
| 伝達麻酔 | 神経の通り道に注射する | 下の奥歯など、効きにくい場所に広く効かせる |
日本歯科医師会の歯科麻酔の解説ページには、表面麻酔について「歯自体を麻酔するためには浸潤麻酔や伝達麻酔といった注射がどうしても必要」と書かれています。
つまり表面麻酔だけで虫歯を削ることはできません。
表面麻酔の役割は、そのあとの注射を痛くしないことです。
同じページに「表面麻酔を行った後で注射をすると『痛みをとるための麻酔が痛い』がずいぶんとラクになる」とあります。
受付にいた頃、「麻酔をすると言われたのに綿をたくさん詰められた」と不思議そうにされる患者さんがいました。
あれは塗った薬が唾液で流れないように押さえ、数分間じっくり効かせているところです。
綿を詰められたら「注射の前の準備をしてもらっている」と思って大丈夫です。
表面麻酔でできること、できないことを整理すると次のようになります。
- 針を刺す瞬間のチクッとした痛みを軽くできる
- 歯石取りや、グラグラの乳歯を抜くときに使われることもある
- 歯の中の痛みは取れないので、虫歯治療には注射の麻酔が必要
- 塗ってから効くまで数分待つ必要がある
麻酔の注射が痛いのは「針」より「薬液を入れる圧」
「表面麻酔をしてもらったのに痛かった」という声を、受付でも何度か聞きました。
これは表面麻酔が効いていなかったのではなく、痛みの原因が針以外にもあるからです。
麻酔の注射で痛みを感じる場面は、大きく分けて4つあります。
- 針が歯ぐきに入る瞬間
- 薬液を押し込むときの圧力
- 冷たい薬液が入るときの温度差
- 麻酔が効ききる前に治療が始まったとき
表面麻酔がカバーできるのは、このうち最初の1つだけです。
残りの3つは、注射のやり方そのものに関わります。
とくに大きいのが2つ目の「圧力」です。
歯ぐきは狭くて硬い組織なので、薬液を一気に押し込むと内側から強く押される感じがして痛みます。
このことは、歯科用の注射針の添付文書にも書かれています。
医薬品医療機器総合機構(PMDA)に掲載されている歯科用注射針の添付文書には、「強く圧力をかけずに、ゆっくりと注射すること」と明記され、強い圧で注射すると組織の損傷につながるおそれがあると注意されています。
手で押す注射器の場合、この力加減は歯科医師の指先にかかっています。
上手な先生はゆっくり入れてくれますが、どうしても人によって差が出る部分でもあります。
電動麻酔器は「圧と速さ」を機械に任せる道具
ここでようやく電動麻酔器の話です。
電動麻酔器は、注射器のピストンを機械で動かし、薬液を一定の速さでゆっくり注入する装置です。
手で押す場合に起きやすい「力の入りすぎ」や「速さのムラ」を減らせるので、圧力による痛みや違和感を抑えやすくなります。
日本歯科医師会の解説ページでも、痛くなくよく効く麻酔のための道具として「電動式注射器」が挙げられています。
ここで一つ、受付時代によく説明したことがあります。
電動麻酔器はピストルのような形をしている機種が多く、初めて見た患者さんがぎょっとされるのです。
日本歯科医師会のページにも「ピストル型の注射器が出てきたらギョッとせずに安心してください」と書かれているくらいなので、見た目で驚いた方はかなり多いのだと思います。
表面麻酔と電動麻酔器の違いを一言でまとめると、こうなります。
- 表面麻酔は、針が入る瞬間の痛みを軽くするための薬
- 電動麻酔器は、薬液を入れるときの圧力による痛みを軽くするための機械
役割がまったく別なので、どちらか一方があればいいというものではありません。
両方そろって、はじめて注射の痛みの大部分に対応できるという関係です。
「極細の針」はどれくらい細いのか
医院のホームページでよく見かける「極細の針」も、痛みの1つ目の場面に関わる工夫です。
注射針の太さは「G(ゲージ)」という単位で表し、数字が大きいほど細くなります。
先ほどの添付文書に載っている実際の太さを表にしました。
| ゲージ | 針の外径 |
|---|---|
| 27G | 0.40mm |
| 30G | 0.30mm |
| 31G | 0.28mm |
| 33G | 0.26mm |
最も太い27Gと最も細い33Gでは、直径に0.14mmの差があります。
ほんのわずかに見えますが、歯ぐきの表面は感覚が敏感なので、この差が刺す瞬間の感じ方に影響します。
ただし、細い針には限界もあります。
同じ添付文書には、33Gと31Gは針が細いために折れる可能性があるため、伝達麻酔には使わないことと書かれています。
下の奥歯などで伝達麻酔が必要な場面では、あえて少し太めの針が選ばれることがあると知っておくと安心です。
もう一つ、日本歯科医師会のページには「麻酔薬の温度管理」にも触れられています。
冷たい薬液が入ると温度差で刺激を感じやすいため、薬液を体温に近づけてから使う医院もあります。
麻酔が効きにくいのは体質のせいではない
「私は麻酔が効きにくい体質なんです」と話す患者さんも、受付ではよく見かけました。
ただ、これについては学会がはっきり否定しています。
日本歯科麻酔学会の歯科麻酔Q&Aには、「患者さんの体質により局所麻酔薬の効果が影響を受けることはありません」と書かれています。
そのうえで、麻酔が効きにくくなる場面として次のようなものが挙げられています。
- 歯や歯ぐきの周りに強い炎症がある
- 骨が硬く、麻酔液が浸透しにくい場所
- 下の奥歯
- 膿がたまっている場所
- 治療中に痛みを繰り返したり、緊張が強かったりして痛みに敏感になっている
つまり、効きにくいのは「その人」ではなく「そのときの歯の状態」や「場所」の問題です。
痛みを我慢して腫れがひどくなってから受診すると、麻酔が効きにくい条件がそろってしまいます。
早めに受診したほうが麻酔も効きやすい、というのは受付として何度も実感したことでした。
下の奥歯については、日本歯科医師会の解説でも「麻酔が比較的効きにくい場所」とされ、浸潤麻酔に加えて伝達麻酔を組み合わせることがあると書かれています。
伝達麻酔は効く範囲が広く、効果が数時間続くので、治療後にしびれが長めに残ることがあります。
唇や頬の感覚がない間に噛んでしまう方がいるので、食事は感覚が戻ってからにしてください。
緊張が麻酔の効きに関係する、という点も見逃せません。
怖いと感じているほど痛みに敏感になり、麻酔が効きにくくなるという悪循環が起きます。
だからこそ、怖い気持ちを先に伝えておくことに意味があります。
痛みが苦手な人が歯医者に伝えること、医院を選ぶときに見るところ
受付の立場から言うと、「麻酔が怖い」と先に言ってくれる患者さんほど、スムーズに治療が進んでいました。
歯科医師も衛生士も、言ってもらえれば表面麻酔の時間を長めに取ったり、声をかけながら進めたりできるからです。
初めての医院に行くときは、次のことを予約の電話や問診票で伝えてみてください。
- 注射の麻酔が苦手だということ
- 過去に麻酔で痛かった、または気分が悪くなった経験があればその内容
- 表面麻酔をしてほしいという希望
- 治療の途中で手を挙げたら一度止めてほしいこと
「言うのが恥ずかしい」と感じる方も多いのですが、歯科恐怖は珍しいものではありません。
日本歯科麻酔学会雑誌に2020年に掲載された歯科治療に対する恐怖感についての調査では、20〜79歳の400名のうち45名、割合にして11.3%が「程度の強い歯科恐怖」を持っていたと報告されています。
およそ9人に1人ですから、受付側から見ても「よくあること」の範囲です。
医院を選ぶときは、ホームページの治療説明を見てみてください。
表面麻酔、極細針、電動麻酔器という3つの言葉がそろって書かれている医院は、注射の痛みに対して段階的に対策していると読み取れます。
私の住む堺市東区でも、この3つを明記している医院があります。
初芝駅から徒歩3分のひきしょう歯科クリニックの痛みへの取り組みを読むと、表面麻酔で針を刺す前の痛みを減らし、極細の針を使い、電動麻酔注射器で一定の速度で薬液を入れて圧力による不快感を抑える、という流れが順に説明されていました。
院長先生ご自身が「歯医者が怖くて好きではなかった」経験から通いやすい医院を目指したと書かれていて、受付をしていた身としては、その一言に説得力を感じます。
もう一つ受付目線で見てほしいのは、医院側が「痛みをゼロにできるとは限らない」と正直に書いているかどうかです。
麻酔が効きにくい条件は先ほど説明したとおり存在するので、「絶対に痛くない」と言い切る医院より、限界も含めて説明している医院のほうが信頼できると私は思っています。
子どもの場合はどうすればいいか
お子さんの治療で麻酔が必要になったときも、基本は同じです。
表面麻酔をしてから注射をしてもらえるか、事前に聞いておくと安心です。
私の娘のときは、麻酔が終わったところでスタッフさんが大げさに拍手してくれました。
本人は「注射したの?」という顔をしていて、あのときの拍手が一番効いたと思っています。
麻酔のあとは、感覚がない唇を噛んでしまう子が多いので、しびれが取れるまでは食事を待たせてください。
「ほっぺが変な感じ」と言い出したら、噛んでいないか口の中を見てあげるといいです。
まとめ
表面麻酔は「注射の針が入る瞬間」の痛みを軽くする薬で、電動麻酔器は「薬液を入れる圧力」による痛みを抑える機械です。
役割が別なので、両方あってはじめて注射の痛みの大部分に対応できます。
麻酔が効きにくいのは体質ではなく、炎症や膿、下の奥歯、緊張といった条件によるものです。
腫れる前に早めに受診すること、怖い気持ちを先に伝えることが、結果として痛みを減らす近道になります。
強い歯科恐怖を持つ人は、調査では9人に1人ほどいます。
あなただけではありませんし、伝えれば医院側にはできることがたくさんあります。
「麻酔が苦手です」の一言から始めてみてください。
受付にいた私から見ても、その一言を言える患者さんが一番早く楽になっていました。
最終更新日 2026年9月3日 by トゥルソワソワ
